FC2ブログ

反面教師集のこと(簡略版)

以前このブログに書いた「反面教師集」が届いた。
かなり悪く書くので、書籍名は伏せることにする。
また、今回は時間の余裕がないので、簡略に書くことにする。

この本は古本である。新品買ってこうした者に印税収入を与えてやる必要はない。

本を開いて読んでみると、前の所有者はこれを「教師」としてみていたようである。
丹念に読み込まれ、あちこちにチェックなどの書き込みがあり、本が閉じないように強く押し付けたようなあともあった。私が勉強用の本に対してするのと同じである。

私がもし11年前にこの本を手にしたら(もっともそのときにはこの本は書かれていなかったが)
「凄い社長さんだな~」「社会に出るって厳しいんだなぁ」という感想を持っていたと思う。
10年前に手にしていたら、「今の会社の社長・・この考え方の影響受けているんじゃないか」と思っていたであろう。この本がまだ世に出る前であっても、こういうひどい課業管理の根本は似たり寄ったりである。

この本の主張は「(会社から)いすとパソコンを無くせば会社は伸びる」ということであったが、
この本と課業管理の存在を知ったきっかけになったにちゃんねるの人の分析によれば、営業利益が伸びたのではなく、「営業外利益」が有価証券や為替レートの関係で大幅に増加したからであるということである。
短期的には些細な無駄を排除すれば伸びるかもしれない。しかしながら、長期的な視点に立てば、「脱出組」も増加するし、体を壊してやめざるを得なくなる人が続出する。
そして、いざ景気が上向いて、全力で行こう!としたときに優秀な人材が流出していてチャンスを逃すことになるであろう。

この本の主張によれば、社員にパソコンを与えると仕事以外のことに使って生産性が落ちる。だからパソコンを取り上げろというが、そんなことをしなくても仕事外のことに使えなくする方法なんかたくさんある。

まず、外部のインターネットに関しては会社のサーバーの段階でアクセス制限をかければよい。
にちゃんねるのようなところや、通販系のサイトなど、設定により簡単にはじくことができる。
もとからついてきているゲームのようなソフトはすべてアンインストールする。インストールは管理者権限でしか行えないようにすればよい。
会社のパソコンには外部ストレージ(USBメモリなど)をつなげないようにして、会社で処理すべき仕事のデータはすべて会社のサーバーから持ってくるようにすればよい。

同じフロアの者同士のメール(本ではバカメールと言っていた。表現が下品だ)であれば、これだってメールサーバー側で弾くことができる。(あるメールアドレスを使って、べつなあるメールアドレスに向けて送信しようとした場合にエラーを返すように設定する)同じフロア同士の者でデータの受け渡しをする必要があれば、共有サーバ上にデータを置いておいて、「このファイル取ってよ」と口頭で言えばいい。

だから、社員のパソコンに「監視ソフト」をわざわざ自作してまで入れる必要はないのである。
パソコンが「サボり」に使えないのが分かれば、わざわざ変なことはしないだろう。

別な会社の話だが、社員のパソコンの画面がみんな社長から見えるように机を配置しようとしているというケースがあるという。これだって、先にあげた制御がちゃんとしていればそんなことする必要はない。社長は社長にしかできない仕事をしなさい!そのためにほかの社員に比べて非常に高い役員報酬をもらっているんでしょうに。

最初に「簡略に」と書いたが、これでも簡略なつもりである。この本に関しては言いたいことが山ほどある。いずれそれも書こうと思う。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



ブログさぼっていたら・・・。

ブログの更新さぼっていたら、書くべきことがかなりたまってしまった。

まず、28日には県行政書士会の総会があった。
このとき、「前から座ってください」という言葉にまじめに従ってしまい、会長の目の前、左には理事の方がたくさん・・・という、眠くなっても眠れない・・ではなかった。妙に緊張する席に座ることになってしまった。
議事は適度に活発に行われ(会員間の関係が悪すぎると紛糾するし、あまりにも事なかれ主義で議事が進むとこういう会合を開く意味が失われる)いい感じだったと思う。

今回気がついたのは、こういう場なのでもちろんみんなスーツに行政書士バッジをつけているが、年季の入っているバッジをつけている人が結構いたということ。
私のは買ったばかりなので金ぴかだが、年季入っているほうが個人的にはかっこいいと思う。

昔テレビで見たことがあるのだが、弁護士のバッジはあまりにもきれいだと「こいつ新参だな」と相手になめられかねないので、財布の中に効果と一緒にバッジを入れて適度に「痛めつけて」年季を出すようにする・・・なんていう話を聞いたことがある。
弁護士の場合、依頼人の利害と真っ向から対立する相手方と交渉することが多いわけで(また、こういう交渉を対価を得てできるのは弁護士だけである)こういうことは行政書士よりもずっと重要な問題になるのであろう。

会合が終わり家についてスーツを脱いで一休み・・と思ったら電話がかかってきた。
相手はこの前の「ネットでの宣伝云々」の人であった。
私のページはあの後もしっかりと見られていたようである(アクセスログや検索キーも記録されているのですぐに分かる。明らかに、「行政書士」を探していたのではなく、「行政書士やっている大塚という人」を探していたような検索キーだった)

この時点で参考資料は送られていたのだが十分に目を通していなかった。
参考資料内のメッセージには「先日は、前向きなすばらしいお話を・・(略)」とあった。
私の場合、こういう状況下なので前向きにならざるを得ない。仕事しながら勉強して成果出すというのは、一般の人から見ると凄いことなのかもしれないが、士業の人間からすればむしろ当然のことだと思う。
まぁ、このメッセージにしろ、一般の人の私への評価にしろ、いわゆる「リップサービス」がある程度あるのだろう。
私はこういう言葉は「白々しい」とか思わずに、素直に喜んでおくことにしている。
少なくとも、そうした言葉をかけるに値する人間であると認識されているわけであるから。
(それに人をほめるにはそれなりにエネルギーが要る)

考えてみると、「人をほめる」ということがまともにできない人が少なからずいる。
そういう人は「人をほめる→相対的に自分の価値が下がる」と信じて疑わないのだろう。
いわゆる「上司」と呼ばれる人間の多くの人がそういうタイプなのではなかろうか。
私の経験則からすると、ほとんどがそうであった。

私から言わせれば、その程度で自分の価値が(本当に)下がるとしたら、その人間はその程度の能力しかないのだということである。(そして、そういう人間に上に立たれているという事実はそれなりにショックである)

私の持論としては「人はほめて育てよ」である。まぁ、ほめられて調子に乗るタイプもいるだろうが、こういう場合は、適度に釘を刺しておいて無茶させないようにしておけばいいだけである。
少なくとも些細なことでケチをつけるようなのよりははるかにいいと思う。

話をこの会社の人に戻すが、結局はあの日の帰りには資格などに関する本は買わなかったそうである。
その代わりネットでいろいろ検索したりやってみようということであった。
これはすばらしいことである。既存のメディアだけでは見えないことが見えてくる事だってたくさんある。ただし、複数の情報源をみることと、情報発信者の思想信条をある程度把握しておかないと帰って混乱するという話はしておいた。

なお、私はこうした情報のおかげで新型インフルエンザがフェーズ3(ゴールデンウイーク直前)の時点でマスクを10枚くらい買っておくことができた。いまは、フェーズ5か6のはずだが、現在どこに行ってもマスクを入手できない状況にある。それをいいことにネットオークションなどで値段を吊り上げて売っているものも結構いるようである。

この新型インフルエンザは梅雨に向けて一旦収束に向かうはずである。インフルエンザウイルスにとっては最悪の環境だからである。
むしろ、問題は今年の秋から冬にかけてである。この頃になるとまたウイルスにとって繁殖にいい状況になる。ウイルスは死滅するわけではない。活動停止するだけである。
マスクや食料の備蓄をするとしたら、夏から秋にかけて徐々にやっておくべきだろう。

ところで、この会社の状況は、以前の・・・の関係で何度か訪問しているが、いわゆる「ぎすぎす感」とか、いやな空気を感じなかった。アレな上司とか、足の引っ張り合いをする同僚だらけだとかならず場の空気が悪くなる。私からすれば、そうした環境で働けるのはうらやましいことだと思う。

私の独立開業を決意した理由のうちの一つに、「そういうよい職場に恵まれなかったから」というものがある。私の所属するところ、どこに行っても強く、そして無意味なぎすぎす感をほとんど常時感じるのである。
まるで、雨男と呼ばれている人間の行く先々で雨に降られまくるような状況である。

どうしてそうなるのか分からないが、少なくとも私が主たる原因ではないだろう。私には場の雰囲気を支配するような力はない。仮にあったとしたら絶対にいい雰囲気にする。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

前の組織での「つながり」

行政書士として「個人事業主」として一人になると、どこかの会社から営業を掛けられることがある。
また、私のほうから何らかの目的でどこかの会社にコンタクトをとることがある。

今日、ある会社から電話がかかってきた。
もともとは私のほうからある問い合わせをして、その結果めぐりめぐってこの会社から私のほうに電話が来たのである。(あいまいな表現だが、ある理由から詳しく書くことができない)

その会社名と、所在地を聞いて「もしかして・・」と思ってちょっと聞いてみた。
その結果、私が以前所属していたところの関係で接点があることが判明した。

その人の話によると、私と直接話したことはないが、私の声や姿を見たことがあるという。
なお、その際に私の「身長」に関する質問をしたら、「その人が今の電話の相手=あのときの人」とすぐに分かってくれた。

何気に私の「身長」って便利である。確かに不利なことは多いが、人に私の存在そのものを覚えてもらいやすい。裏を返せば、日ごろの行いが悪いと一気に不利になる。よければいい話のとっかかりになる。

私の恩師の奥さんではないが、10年前にちょっとだけ見ただけなのに、すぐに思い出してもらえたりする。

今回の電話は、ネットでの宣伝云々ということであった。これ自体はとりあえず態度を保留しておいたが、相手方が聞いてきた。
「どうやって資格をお取りになったのですか?」と。
私は、仕事が終わってから家で勉強して・・と答えた。

多くの社会人にはこれだけで驚かれる。「勉強」などというものは、大学を出るか、またはハタチを過ぎたら自発的にはやらないものだと考えられているようである。

個人的に、それは大変もったいないことだと思う。
勉強によって得た知識により、社会でのものの見方が変わったり、話のネタになることもある。
場合によってはよりよい状況下に就職できるかもしれない。あるいは、私のように独立ということもありうる。

前の日記の話のように、いわゆる「奴隷の鎖」につながれているような状況ではもっと深刻である。
その鎖を破壊するにはこうした勉強というものが欠かせない。

もっとも私の場合は「脱出作戦」の一環として、最初は自分の頭が、状況に押しつぶされて知能低下していないことを確認するためにとりあえず簡単めの資格を取ることからはじめた。
それが「危険物取扱者乙種第四類」という資格である。(ああ、これあと一年で更新しなければならない)

その相手方の人も「私もなにかとってみようかしら」と言ったので、私は
「取る資格は仕事と関係あるものでもないものでもかまわないと思います。ちょっとでも興味のあるものであればいいのではないのでしょうか?たとえば、和裁や洋裁に興味があればその方面でもいいでしょうし・・」
その人の興味によっては、色彩検定とか、情報処理技術者試験とか、自動二輪免許などでもよいと思う。パソコン操作に関する資格・検定でもいいだろう。

「大事なのは、会社と自分自身を完全に切り離した上で自分が興味持ったものをやってみることだと思います」と話しておいた。

私の考えとしては、人生は「会社」のためにささげるものではない、ささげるのなら「社会」のため、または、自分の身の回りの人間のためにささげるためのものだ。そう考えている。

会社は、「労働の対償として賃金を支払う」存在だと割り切るのも一つの手である。
これは労働基準法の「労働者」の定義でもある。

終身雇用制度、年功序列制度が崩壊して10年以上たった今、労働者(会社員)が会社に忠誠を誓って、その見返りに会社は労働者の面倒を見続ける・・そういう時代は終焉を迎えた。
だから、そんな状況下で忠誠を誓い続けても、切られる時は切られるのである。
またそんな状況下で、会社が労働者に忠誠心だけを求めるのは卑怯であると思う。

それならば・・やるべき仕事はきっちりやって、あとは自分の時間だ。それでいいではないか。
そうやって見えてくる未来だってある。

ところで、電話先の人は「仕事終わったらなにか資格の本探してみる」と言っていたが、実際探したのだろうか?探したとしてどんな本を手に取ったのかちょっと気になったりする。


大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

「反面教師集」を注文した

昨日書いた件、件の経営者はさもこの方法で合法的に成功したかのように振舞っているようで、堂々と書籍化していたりする。

こういうことが、違法または脱法的で、社内でこっそりやる・・・のならまだしも、堂々と書籍化ということをしているということは、そうした悪意はまるで感じていないようである。

一般的に、悪いとされていることを故意に行ったケースと、悪いとされていることをそう思わずに行って、結果的に法に触れた場合は、前者のほうがはるかに悪質とされる。

しかしながらこのケースの場合は罪質が逆なのではないか?
さらに、この場合、「あの会社」がやっているんだからウチもやろうとか言い出す社長様(笑)が出そうなので余計にたちが悪い。

こういう思考を持つことができたのは、社会人になってからである。
私は恵まれた社会人生活のスタートを切ることができた。「反面教師」に恵まれたという意味で。

そこで今回の件、この本を買って読んでみることにした。もちろん「古本」で。
もうAmazonで注文した。古本である理由は、このような者に「印税」という形で一円たりとも利益を与えたくないからである。

送料込みで600円しないで「べからず集」が手に入るんだから、この世の中なんとすばらしいことだろうか!(皮肉)

ちなみにこの件は、私のブログを見ている方もお怒りのようで、前回のブログで当該会社名を書いていないのにもかかわらず社名を名指ししてご意見のメールを複数いただいた。
すべて、少なくとも今はこんな扱いをされる心配のない方たちばかりであった。
それでも何かを感じるということは、いかにこれが「関係ない人」の義憤という感情に触れるような行為であることの証左である。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

卑劣な課業管理方式による劣悪な労務環境(超長文注意)

昨日あたりから巨大掲示板群「にちゃんねる」で話題になっている、とある課業管理方式。

なんでも、事務職でも、座ったり立ったりするのは「時間の無駄」だから、いすをなくしましょう。そして、机に「げた」履かせて立ったまま机での作業をできるようにしましょう。

早く歩けば仕事がてきぱきできるので、5mを3.6秒で歩かないと警報がなるシステムを導入しましょう。

また、
資料や書類を探す無駄な時間を削減するために、部門やグループで共通に使用する資料は,個人で保管するのではなく,すべて共用の棚に保管しているのだという。

ここでのスローガンは「急ごう、さもないと 会社も地球も滅びてしまう」だそうである。

最初この課業管理方式は、「肯定的に」ネットニュースに紹介された。
しかしながら、ネットの住人たちはすぐにこれはおかしいと考えて猛反発。

この会社と現在の日本の刑務所の作業風景を比較した写真も出てきた。
・・・刑務所のほうがずっと環境がよい。

それどころか、アウシュビッツ収容所(悪名高きナチのユダヤ人弾圧に使われた強制収容所)とほぼ同等という写真も出てきている。
ちなみにアウシュビッツ収容所のスローガンはドイツ語で「働けば自由になれる」であった。

自分はそういうところとは関係ない。という人も言葉を発し始めた。
曰く「ニーメラー牧師の教えを守る」と。
この牧師はこういっている。(「牧師」なのでプロテスタントである)

ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。
ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
(ついでナチ党はカトリックを攻撃した。自分はプロテスタントだったので何もしなかった・・・というバージョンもある)
ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。

この会社を所轄する労働局・労働基準監督署などに電凸(「でんとつ」と読む。問題のある組織や、その組織を所轄する官公署などに電話で質問をぶつける(だから「とつ(=突)」という))する人も現れた。

実は私はこのニュースを読んで、過去の状況がフラッシュバックしてよく眠れなくなってしまった。

私も過去にこれに近い状況におかれたことがある。記事の会社と同じ理由で机には下駄をはかせ、いすはあるものの、「机にあわせて」いすの高さを合わせるように改造がなされ、(私の身長だと完全に足が浮く)その机は、平均よりもだいぶ背が高い社長に合わされたので私の身長では非常に厳しかった。

書類共用も同じようなものであった。もっとも私のところの場合は、単に同じ書類を十分に用意できなかったのと、IT化されていなかったので、オンラインで見るような仕組みがなかった。
しかも、狭い中でみんながどたばたするので非常に仕事がやりづらかった。
同時に同じ書類を必要とする人がかち合ったときにトラブルにもなりやすかった。

そして、この会社のスローガンの一つは「構内は時速六キロで歩こう」であった。
ニュースになった会社の歩行速度を時速換算するとおよそ五キロである。

だったらそんなところ辞めればいいじゃないのと、私も言われたし、この会社に関して意見を書いている人の中にもいう人がいる。

これは経験してみると分かるが(しかし、そんなことは経験してほしくない)その会社の中が社会のすべてのような錯覚にとらわれて思考が停止しがちである。

また、こんな書き込みもあった。

奴隷は奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に
自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。
どっちの鎖が光ってて重そうで高価か、などと。
そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。
だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じたった1本の鎖に過ぎない。
そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない。

過去の奴隷は、自由人が力によって征服され、
やむなく奴隷に身を落とした。
彼らは、一部の甘やかされた特権者を除けば、
奴隷になっても決してその精神の自由までをも譲り渡すことはなかった。
その血族の誇り、父祖の文明の偉大さを忘れず、隙あらば逃亡し、
あるいは反乱を起こして、労働に鍛え抜かれた肉体によって、
肥え太った主人を血祭りにあげた。

現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、現代の奴隷は、
自らが奴隷であることに気付いてすらいない。
それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの唯一の誇りを見い出しさえしている。

(リロイ・ジョーンズ 1968年、NYハーレムにて)


私の場合、「鎖自慢」をする気はさらさらなかった。
この思考停止状態を家に帰ってからの資格などの勉強で打ち破った。
目標を持って勉強することで思考停止状態を避けることができる。
資格の勉強を通じて、より広い世界を見ることができる。
なので、ここでの資格は自分が興味を持てるものであればなんでもよい。
(なお、この手法は自ら編み出したものである)


私がこの「脱出作戦」を実行準備していたとき、ネットでの交流があった人がいて、私をこう評した。「まるで映画「大脱走」みたいだ。勇敢だ」と。

またこんな書き込みもあった。


ひとりのスパルタ人の少年の話が歴史に残っている。

彼は戦争で捕虜になった。そのとき彼はドーリア方言で叫んだ。
「俺は奴隷ではない!」と。
そしてその言葉が真実であったことを、自らの死をもって証明したのだ。
彼は最初の労役の命令を受けた。便所用のつぼの運搬という雑役だった。
彼は壁に向かって全速力で走り頭を激突させたのであった。

この少年のような勇気を拒否するならば、人は君を奴隷のように扱い続けるだろう。
そして扱われるままになっている限り、君は少年のように勇気をもって叫ぶことが出来ないだろう。
「俺は奴隷ではない!」と。
人々の奴隷、物の奴隷、人生の奴隷であることは、なんと不幸なことだろう。
もし死ぬ勇気を持つことができなかったら、人生はいつまでたっても奴隷状態である。

   セネカ(紀元前1年頃-65)「ルキリウスへの手紙」第77通より


・・・この2000年以上前の彼の取った行動には賛否両論あるだろうと思う。
すくなくとも私はそのことは否定しない。
私には彼がとった以外の選択肢があった。だから、なんだかんだで今の仕事をしている。ただそれだけである。

こちらの文章は今回の件ではじめて読んだ。ネット仲間がかつて私を「勇敢だ」と評した意味が少し分かった気がする。

蛇足かもしれないが私からもスローガンを。

「急ごう、さもないと 自分の人生も本来生まれてくるはずだった子孫も滅びてしまう」

さらに蛇足。
いま、大変暑い。なので、事務所の窓は全開である。
事務所から数百メートルのところに小学校があるので、児童が大きな声を出すとよくそれが聞こえる。
昨日書いた社労士資格(取れればだが)はこの子たちの未来を守るためにも使わなければならないと改めて強く感じた。

これは社労士資格でもって地元の企業とかかわりを持ち、健全な経営方法を示すことにより(たとえば、サービス残業を強要するのではなく、こうやれば助成金が出やすくなるなどの助言をし、それで、経営者も労働者も幸せになれるようにする。また、今回取り上げたような「課業管理」方法を反面教師として示す)できるだけ多くの人が地元で幸せに生きられるようにする。このことは少子化問題、過疎化問題などの問題を少しでも解決できるはずである。

ちなみに行政書士資格も、「せっかくの有給つぶして役所に行くよりも、私に面倒なこと任せて楽しんできてほしい」というスタンスでいる。確かに、行政書士になにかしらの手続きを頼めば報酬を払わなければならないが、本来労働者の当然の権利である年次有給休暇が取りにくい状況下では、その休暇にはお金に替えられない価値があると思う。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

社会保険労務士試験申し込み

今日、社会保険労務士(社労士)試験の申し込みをしてきました。

以前から申込書は書いており、社労士試験の受験資格を証明する書面のコピー(大学の卒業証書)を同封し、郵便局に行き、そこで振込みをした控えを封筒に入れて、そのまま簡易書留で出してきました。

なお、この社労士試験の受験資格は思いのほか広く、列挙するだけでものすごい数になるの(とはいっても、陸軍士官学校卒とか海軍兵学校卒とか、若くても明らかに80歳過ぎの人しかいないようなのも列挙されているのですが)ですが、多くの人は大卒資格か、行政書士資格で受けているようです。

社労士試験は8月の下旬に行われるので、一生懸命勉強しないとです。
こういう時は本当に時間がたつのが早く感じます。

行政書士と社労士との資格の相性もよく、行政書士と社労士と同時に稼動させることができれば、より広い範囲の業務を行うことができます。
この辺は、行政書士と司法書士とかの関係と似ていると思います。

社労士資格を取得できて、開業したあかつきには、地域に密着した業務を考えています。
それも、労使ともに発展できる助言ができるような。

多くの社労士の方のWebサイトを見ると、経営者側のほうしか見ていない感じを見受けられますが、本来、経営者(雇用主)も労働者(被雇用者)もともに発展してこその企業だと思います。
社労士法の第一条の理念もそうであるはずです。


大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

お酒に関すること

今回はお酒に関することを書いてみようと思う。

私は酒類に非常に弱く、飲むことができない。
だから、プロフィール欄にも

注意:私はアルコール類がまったく飲めないので、決して薦めないでください。お願いします。

という文言を追加した。

多くの人はこう言う。
「お酒なんて少しずつ飲めば慣れるものだ」
もともと強い人は問題ない。しかしながら、弱い人間が「飲みなれて強くなった」・・・というのは思い込みに過ぎず、体を蝕むという。その結果高齢になってからのさまざまな病気にかかりやすくなることになる。一番つらいのは本人だが、社会保障関連にも重い負担をかけることになる。

飲めないといって、それで納得してくれる人はいい。だが、
「俺の酒が飲めねぇのか!」とか「飲まなきゃ話ができんぞ」とかいうのは最悪である。
今の世の中、酒の強要はよくないという風潮があるのにも係わらずこういうことをする連中には刑罰をもって対処してもよいと思う。「強要罪」が成立しうる状況もあるであろう。

しかし、忘れてはいけないのは、お酒を勧めてくる多くの人たちが決して悪意を持っているわけではないということである。
むしろ、相手(私)のことをもっと知りたいと思って、酒があれば心理的距離を縮められると考えているのだろう。そういう気持ちで薦めてくるのであれば悪い気はしない。
しかし、私のような人間の場合、アルコール類はひたすら苦痛しかもたらさないうえに(お酒で気持ちよくなるというのを経験したことがない)、時間を無駄にし、将来的な健康リスクを増大させる。まったくもっていいことがない。

なので、酒好きの人が私(や、ほかの飲めない人間)と心理的距離を縮めたいと思うのであれば、私が乾杯の瞬間から最後の一杯まで、ウーロン茶やジュースなどのソフトドリンクで済ませることをどうか容認してほしいと思う。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

国家試験に受かって凄いね~ってよく言われるけど。

私が行政書士試験に合格し、今年度から行政書士として開業したことが、近所から徐々に町中に広まってきたようである。

一般に悪い話は望ましい話よりも伝播の速度が速い。この理由はいくつか諸説があるようだが割愛する。
ともかく、そういう状況に係わらず、このことの伝播速度が結構速いことに驚く。

タイトルのような言葉もよく言われる。行政書士試験に合格すると確かに、総務大臣と都道府県知事連名のものが交付される。国家試験であることは事実である。

試験の難易度はほかの士業のものに比べるとずっと簡単である。
簡単とは言っても、私の場合は苦労したのだけれど。

そして、開業してから本当の意味での苦労が始まる。
法律の改正は頻繁にあるし、自分のできる仕事を増やすためにも勉強は欠かせない。
さらには、人脈もきづかなければならない。

これから自分がどうなるかは分からない。しかしながら、年功序列、高度経済成長期がとっくに終わった私企業にいても、こういうのは実は同じである。
なので、現状そこがいいのであれば、そこにい続ければいいし、そうでなければ資格をとるなどして別な道を一歩踏み出すことを考えてもよいと思う。
どういう選択をしてもよいが、この際に一番問題なのは、自分がどうすべきかを考えるための思考能力を失ったまま、だらだらとして行動に移さないことだと思う。
(しかしながら、「望ましくない」状況におかれ続けると、そういう思考能力は失われがちである。
私はそれを「とりあえず何でもいいから興味持った資格を取るために勉強してみる」という方法で思考能力を保ち続けた)

かつては「二君に仕えず」などといって、一生一つの企業にいることが美徳とされた。
また、それで安泰だったのである。(ちなみに、この「二君に仕えず」は誤用である。同時に別の君主に仕えることがダメなのであって、君主を見限ってほかの君主に仕えることはなんら差し支えなかったのである)

話を戻すが、個人的には「国家資格」で何かするよりも、そういう後ろ盾なしで本当に自分の才覚のみで生計を立てている人たちのほうが凄いと思うのだが・・・。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

「エコ」についてふと思ったこと

数年前から「エコ」という言葉を聞く。
もちろんこれは「エコロジー」という意味で、環境にやさしい社会を・・ということである。

それ自体は望ましいことである。

ラジオを聴いていたところ、「エコのためになるこんないいことをやりました」的な話をやっていた。
・・・真夜中に。

本当にエコロジー云々するのであれば、「深夜放送なんて聴かずに、遅くても日が変わる前に電気を消して就寝しましょう」というべきである。

まだ思うことはある。最近もてはやされている「環境にいい車」と称する車。
これを作るために、また寿命がきて廃車するするのに環境負荷が考慮されていない。
これを考慮すれば、エコのために車を替えるというのは本末転倒である。

だったら、ちょっと古くても大切に車やバイクを乗り続けるほうがよほどいいのではないのかと思う。
実際私はそうしており、CBR250R(250ccのバイク)は20年前のものである。
NS50F(50cc(原付)のバイク)は17年前のものである。
最近買った車は8年前のものである。でも、どれも自分でできる範囲で整備しており、調子はよい。
バイク2台は13年前に中古として買ったものだが、それ以降ずっと燃費記録や整備記録をつけ続けている。乗り方や整備によって結構燃費というものは変わる。

こういう視点から「エコ」を語る論調はマスメディアを見る限り皆無といってよい。
理由はだいたい想像つくのだが。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村

ゴールデンウィークに関する記事に思うこと。

今年のゴールデンウイークは、ほかの年と違っている点がある。

一つは、ETC車載機搭載車両限定の土日祝日高速料金1000円サービスと、もう一つは世界的に広がりつつある新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)である。

前者はやっぱりというかなんというか、渋滞や事故が増える結果になってしまった。
考えてみれば当然のことで、今までお金かかるから高速使わない→高速道路を走る技能が落ちる→今回安くなるから行ってみよう→ほかの人も同じことを考えている

技能が落ちた人間が大量に繰り出せばどうなるかはすぐに分かりそうなものである。
そんな状況なので、今年は渋滞の予測が難しい状況にもなってしまった。
私はどうしても腑に落ちないのだが、なぜ何十キロも渋滞するの分かっているのにあえて「その列に並ぶ」ようなまねをするのだろうかと。

現在はカーナビも普及していることだし、渋滞予想区間を今まで走ったことがない一般道を走って回避することだって容易ではないのだろうか。一般道であれば、多少渋滞してもコンビニなどでいろいろ用が足せるはずである。

確かに一旦降りてしまうと高速代がかさむ。しかしながら、渋滞でいらいらし、トイレの我慢でいらいらし、燃料を無駄にし・・ストレスだらけの状況ではいつ事故がおきても不思議ではない。
それを考えるのであれば、こういうことはケチってはいけないと思う。

まぁ、確かにこういう問題は現在の日本の労働慣行によるものも大きいと思う。
年次有給休暇を取得する権利が法律により発生しても、それを行使することが非常に難しく、こういう時でなければまとまった自由な時間を得られないという事情もある。

欧州なんて休日数ヶ月なんてざらで、そうなれば特定の日に交通が集中することもないであろう。
そんな欧州の労働慣行でも、特別にほかの国よりもGDPが劣っているわけではない。
ということは、日本は働いてもその労働の対価を「効率的にお金に変える」能力が低いということにならないだろうか?

もう一つある、新型インフルエンザの問題である。
4月27日ごろWHOはインフルエンザに関する警戒態勢をフェーズ3に据え置いた。
後出しじゃんけんのようで悪いが、あと3日でも早くフェーズ4(渡航制限がかかる)にすればもっと感染は広がらずにすんだはずだったと思う。
(とはいえ、フェーズをあげていけば経済的な打撃も計り知れず、それにより破滅する人間も増えてしまうので、それを考えると、この選択はきわめて厳しいものであったとは思う)

今現在日本ではこの新型の患者はいないようだが(疑われた人はそれ以外の種類の従来型のものだった)すでに、メキシコ帰りの欧州や中国や韓国に広がりつつある。

今現在、この状況下で海外に行った人が帰ってきつつある。(現在フェーズ5が出ている)
ウイルスには潜伏期間がある。空港での検査を抜けても、これからどうなるか分からない。
このことだって、高速道路渋滞と同じで十分に予見できるはずである。

旅行を直前にキャンセルすればキャンセル料を取られる。場合によってはまったくお金が戻ってこないこともある。だけど、こういうときにこそ「勇気ある決断」をすべきだったのではないかと思う。

この件については、ゴールデンウイーク明け1週間、1ヶ月、冬に入る前にどうなるか予測がつかない。当分の間予断を許さない状態が続くと思う。

なお、これが原因と疑われる発熱やせきがあった場合、すぐに病院に行ってはいけない。
まず、最寄の保健所に電話で連絡し、指示を仰ぐべきである。
その結果「実はタダの風邪でした」だったとしてもそれでもいいではないか。
安直に一般の病院にいって新型を広げるよりはるかにいい。

以前、私は危機管理の必要性を書いたことがあるが、こういう状況であっても、これは立派に通用する。

話が脱線するが、いま私は独立しているので完全に自分の意思で自己責任で行動できる。
会社に所属し、この状況下で外国に行くように命ぜられることはない。
このことは大変幸せなことだと思う。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



にほんブログ村 士業ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 士業ブログ 行政書士へ
にほんブログ村
プロフィール

大塚 義行

Author:大塚 義行
平成21年4月から新潟県田上町で行政書士として開業いたしました大塚義行と申します。
(行政書士登録番号09180501号)
これに加え、平成28年10月から同所で社会保険労務士としても開業いたしました。
(社会保険労務士登録番号15160011号)

現在43歳 性別 男 身長156cm、体重54kgくらい。

昭和51年(1976年)7月24日生まれ。
平成11年(1999年)に地元の大学を卒業。

紆余曲折を経て現在に至ります。

メールアドレス gyousei_ohtsuka-office.jp
(社労士業務用)sr_ohtsuka-office.jp
(注:メールアドレス中の_を@と変えてください。スパムメール対策です。)

URL
http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html
twitter
https://twitter.com/ohtsuka_office

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード