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行政書士で儲かる方法

…というと、「開業者にノウハウを教えることを商売にする」という話が出てくることがある。

実際いわゆる「開業本」も何冊か買ったことがある。

たとえば「初年度から月収100万、年収1200万」とかというアレである。
ところが、現実にそんなに稼いでいる行政書士はほぼ皆無といってもよい。

それと、そうした開業本を書いた著者をネットで検索掛けてみたことがあるが、実はかなりの人数が廃業していたり、転業していたりする。

また、同じ名で具体的な実務本(たとえば「建設業許認可の実務」)を探してみても、ほとんど出てこない。
さらにネット上の評判を見てみると、そうした人の「行政書士業としての」年商をまともに示しているケースがほとんどないという。
ほとんどが「(セミナーなどを開いて)開業者から取ったお金で儲けている」ということである。

この影響で一年前まで「行政書士向けのセミナー(研修)」って凄く高いものなのかな?と思っていた。
しかし、晴れて行政書士と名乗ることができるようになってから、ご挨拶に伺ったすでに開業して長い行政書士の先生のお話によると、行政書士会主催の研修は非常に安いということであった。
また、実際に受けてみると安いのに結構内容が濃かったりする。ただ、各都道府県の行政書士会によって大きく差があるようで、その点で新潟は恵まれているほうであるようだ。

さて、タイトルの件に戻るが、それなりに儲けて仕事を継続させていくには本業が大事であるということである。
これについては実際にお会いした行政書士の先生方からいろいろなお話を伺ってはっきりと分かった。
行政書士が行うことのできることの多くは、実は手間隙さえ掛ければ素人でもできるものも多い。
でも、ここでいう「素人」の人だって、生活があるし、まったく別な分野でのプロであったりもする。
そこで行政書士が本人に代わっ許認可などの手続きを代わって行って、その対価として報酬を頂く。
本人は本業に専念できるし、我々行政書士もそれで事業を継続することができる。

何のことはない。言い換えればただの「社会的分業」「社会貢献」である。
このことを忘れては事業が成り立たない。だから、いわゆる「セミナー屋」は淘汰されたのだろう。
(確かに開業者にノウハウを教えるのは「社会的貢献」の一種かもしれないが、もっと広い社会への貢献がない。また「社会的分業」の意識は皆無である)

急にこんなことを書いたのは、実は今日そうした「セミナー屋」と思われる「行政書士」から手紙が届いたからである。

大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html



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自分は「死地」に遭遇して何ができるか

2月15日の午後9時ごろ、東京の高円寺(こうえんじ)駅構内において、
泥酔状態の女性がホームに転落、通りかかった男性が列車通過直前にホームに降りて救助。
女性は転落時でのケガで軽症、男性は無傷であった。
…というニュースを読んだ。

このニュースの続報を聞いていると、この男性が非常に的確な判断で行動していることが分かる。
女性をホームに押し上げようとしたわけでもなく(これでは間に合わない)
女性を待避所に押し込もうとしたわけでもなく(これも間に合わない)
とった手段は、前代未聞であろう、「線路に平行に女性を寝かせた」この状態で列車を通過させ、
男性は退避壕(ごう)に避難した。
列車と地面の隙間は20~30cmであったといい、女性が途中で起き上がったら助からなかった。
また、この隙間が予想以上に狭かった場合も助からなかっただろう。

最初、この男性、こんな隙間のこと知っているくらいだから鉄道マニアかな?と思った(こういう情報を瞬時にはじき出せてこそマニアであるとも言える)のだが、インタビューで「(助かった要因として)列車の運転士さんが必死でブレーキを”踏んだ”のもあると思う」という発言があり、この男性は鉄道マニアではないことが分かった。
鉄道のブレーキは「踏む」ものではない。レバーを押すか引くかするような操作をする。マニアならこの辺は絶対にこだわるはずである。

私自身は、転落者を救出したことはないが、転落者をいち早く知らせた経験ならある。
正直、このことは心の中にずっとしまっておこうと思っていたのだが、このニュースに触れてから眠ったときに夢でそのときのことを見て思い出してしまった。これをきっかけとして、そのときのことを少し書こうと思う。

当時、私は電車通勤をしていた。その日は私用で新潟駅にいて、折返し運転の新潟発長岡行きの列車に乗っていた。
真昼間で駅の中も電車の中もガラガラだった。とても、上記男性の事故がおきた地域では考えられない状況だと思う。

この電車は長岡方面から入ってきてから10~15分止まったままなこともよくあり、その間運転手と車掌がポジションを入れ替えたり、人員の交代が行われたりしているようだ。

この電車は2番線に止まっており、1番線はなにも入っていなかった。そのとき5分後に1番線に特急が入ってくる旨が放送された。

私は左側(これから進行しようとしている方向を基準とする)の窓側のボックス席に進行方向に向いて座っていた。
何気に1番線のホームやら線路を見ると……!

線路の上に高齢の女性がいる。なにやら「ぽかん」として状況が把握できない状態であるようだ。
パニックに陥っているのとも違うように見える。外傷は見られない。

そして、この女性の身長の関係で1番線ホームの人間はだれもこの人に気がついていない(死角にいる)
この列車の運転士や車掌は持ち場にまだ着いていない可能性が高い。この列車の中で気がついたのは私だけではないようであるが、誰も何もしようとしない。

なので私が行動を起こすことにした。
こういう「死地」でかつ、「(正当な)自己責任」が成立する(つまり、誰からも不当に干渉されないということ)状況下において、私はどういうわけか思考能力、運動能力が急激に上がる特質を持っているようである。
(以前書いた、追突されたときの対応参照)

ちなみに「死地」とは、このままだと人が死ぬような状況をいう。おそらく、最初にこの言葉を使ったのは兵法書「孫子」(そんし)であろう。およそ2600年前の話である。

ともかくこの状況は「窮地」どころではない。

この列車は窓が開くタイプだったのが幸いだった。窓を開け、ホームにいる人に「1番線に人が落ちている。駅員さんかおまわりさんに連絡してくれ!」と大声を出した。私は大声が出すのがあまり得意ではない。
だからといって、何もしない理由にはならない。

最初反応が無かったので、誰かを指差して改めてもう一度叫んだ。
こういうとき「どうせほかの人がやるから。自分はいいだろう」という集団心理に陥りやすい。
だから、誰かを名指しするのは効果的である。実はこのことは心理学実験で立証されており、私はこのことを知っていた。
なお、ホームには非常停止ボタンがない。また私はそのことを知っていた。

程なく駅員さんが状況を確認し、その後すぐに警察官がやってきた。
彼らがひっきりなしに無線などをして連絡を取り、入線間近の特急を停めたようである。
1番線の安全が確保された後、数人が降りてその女性をホームに引き上げた。
それを確認した私は窓を閉めた。私の役割が終わったからである。

今回の男性のような間一髪の救出劇の場合、「自然と体が動いていた」ということが多いのだが、
私の場合は考えてから行動する。ただし、普段と違って恐ろしく早いスピードで思考回路が働くようである。
一流の棋士がどんなときも何手も先を読むようなことを、私は条件限定つきでできてしまっているのかもしれない。
いまから考えると、普段の状況では短時間にこれだけ多くの状況を整理できないのである。

条件なしでこんなことができる能力があったとしたら、私の人生かなりいい方向に変わっていたに違いない。
このときはは割りとすぐに気づいてもらえたが、もしも最後まで気づいてもらえなかった場合どうするか…。瞬時に選択肢をいくつもはじき出した。その際、自分のかばんの中で使えそうなものがあるか、近くの人の物で使えそうなものがあるか、列車内で使えそうなものがあるか…などと考えた。

たとえば、乗客の中にアルビ(アルビレックス新潟…サッカーのチーム)のファンがいて、オレンジ色のメガホン持っている人がいたら、それを借りて大声を出していただろう。
ほかにも、列車内には発炎筒とか消火器だとか、「目立つ」ために使えるものはいくつもある。

最悪の場合、非常用ドアコックを使って1番線側のドアを開け降りることも想定していたし、退避場所も想定していた。退避場所は私が乗っている列車の真下である。非常用ドアコックを使っている以上、運転手・車掌ともドアの異常に気づいて発進することができない。ゆえにここが一番安全である。
こういう精神状態の女性であれば、泥酔状態の女性とちがって、落ち着かせながら手を引いて中に入ってもらえばいい。もし途中で錯乱したら、手荒なまねをしなければならなくなるだろうが、やむをえないだろう。

避難場所を考えずに飛び出すのは蛮勇でしかないが、この場合一応避難場所は考えてあった。
ちなみに、新潟駅の在来線では待避所はないし、列車の最低地上高の関係で、このニュースの男性のような手も使えない。

ちなみに新潟県内では結構「無人駅」があるので(これも都会の人には信じられないだろうが)隣の線路に人がいてもホームの人に助けすら呼べない場合もある。(こういうところは客もほとんどいない)この場合も、冷静に判断して行動しなければならないだろう。

この場合は、運転士も車掌も列車に乗っているので車内の「非常停止ボタン」を押して、駆け寄ってきた車掌等に人が落ちている旨を言えばいい。


こういうときに一番大切なのは自分の命を守ることである。これだけは絶対に忘れてはならない。


今後、また私もこれに近い状況に遭遇するかもしれない。その際、自分がどんな行動を取れるかは分からない。
分かるとしたら、そのような状況に遭遇したときだけである。


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「成年後見シンポジウム」に参加して

この記事、実は完成直前にデータが飛んだので最初から書き直しています。
どうしてこういうときに限ってブログ標準の「自動保存機能」が機能していなかったのだろうと思います。
長文書いた後でこうなると、非常に精神的に疲れるものです。


といってもしょうがないので、また最初から書き始めることにする。
昨日、燕市のワシントンホテルにおいて、社団法人成年後見リーガルサポートセンター主催の
「成年後見シンポジウム」に参加してきた。
これは、第一部は家庭裁判所の判事の講演「成年後見制度の現状と専門職後見人に期待すること」
で、第二部が「パネルディスカッション 後見人が考える「愚行権」 ~愚かなことをすることも権利~」
であった。

そもそもこのシンポジウムを知ったのは、ほかの行政書士の先生の紹介がきっかけであった。
その際にこのシンポジウムの案内も頂いたが、その申込の「所属等」の欄が
「司法書士・社会福祉士・弁護士・介護福祉職・行政関係・一般・その他(   )」と
なっており、行政書士の「ぎ」の字もなかったのには泣けた。

今回は「愚行権」について書こうと思う。
愚行権とは、功利主義者でよくベンサムと並んで出てくる、J.Sミルの提唱した「判断力のある大人なら、自分の所有物に対して、他人に危害を及ぼさない限り、自己決定権をもつ」という考え方である。
功利主義とは「最大多数の最大幸福」を基本原理とする倫理思想である。
ちなみに、ベンサムは幸福の「量」を追求したが、ミルのほうはその「質」を追求したという違いがある。
この2人、公務員試験ではよく出てくるところだったりもする。

この幸福の量と質は各人によって異なり、たとえばアルコール類を受け付けない私にとって、
酒がいくらあっても幸福の増加量は「ゼロ」である。
しかしながら、多くの成人にとってはかなりのプラスになることであろう。

このようなことが世の中のさまざまな事柄にあり、そのさまざまなことをどう解決していくか…というところから政治というものが始まる。

成年後見制度とは、以前の日記でも書いたように、認知症などで判断能力が衰えた人が不利益を受けないように、判断能力のある代理人をつけて法的行為を行わせる制度である。

ということは、状況によっては代理人をつけられた人(以後本人という)がやろうとしたことを代理人によって阻止されるというケースが出てくるということである。

そこで、本人が他人に危害を加えない程度の愚かな行いをしたときに、代理人がそれを阻止することが許されるのかということが問題になることがある。

たとえば、本人が大のお酒好きであったとする。当然本人にしてみれば「酒を飲める=幸福」ということになる。
しかし、このままでは本人が病気になる恐れがある。この場合代理人は本人の飲酒行為を阻止することができるのか。
できるとしたらどのようなときに阻止できるのかという問題が出てくる。

実際のパネルディスカッションではこれよりもはるかに難しい問題提起がなされており、
5人のパネリストの意見もうまい具合にそれぞれ異なっていた。
ちなみに、このパネリストは、弁護士、司法書士、社会福祉士、市の社会福祉課職員である。
各人が自分の社会的役割と信念によって自由に意見を述べるので意見が異なるのは当然であるし、
大変健全な議論というものを拝見させていただけた。
こんな議論、数年前までの私の状況では考えられなかったことである。
(日本企業の)会議でありがちな「声の大きい人」一人にほかの人間が追従していく(というか、事実上それ以外の選択肢がない)ような「議論・会議と呼んでいるもの」とは大違いである。

もしも私が「6人目」のパネリストとして参加を許されたのなら、「6番目」の意見を言えただろう。
問題があるとすれば、私はこういう場には不慣れなので緊張することであるが、事実上自由意志で発言できないのに比べれば問題にならない。

この後は懇親会が行われた。席はくじ引きで決めたが、左隣がなんと懇意にさせていただいてる司法書士の先生であった。私はアルコール類がダメでもともと飲めないのでウーロン茶で乾杯をした。最近は初めからソフトドリンクを用意してくれているところが増えてきて、非常にありがたい。

右隣は弁護士事務所の事務員さんであった。さらにいろいろな方と名刺交換していくと、本当にいろいろな方がこの場に集まっているんだなぁと実感することができた。

介護関係の方は行政書士がどんな仕事をしているのかをご存じない…というのがやっぱりというか多かった。
もっとも私も「社会福祉士」がどんなお仕事をされているのかよく分からなかったりしたのである意味お互い様といったところか。まぁ、これを期に相互理解を深めていけばいいと思う。

あと、某漫画やドラマのせいで、行政書士が誤解されていたケースが多かったので、その点も何度か説明することになった。
…多分社会福祉士などがドラマになったら、社会的認知が一気に高まるだろうが、誤解されるんだろうな…と思う。

最後にいろいろな方とお話しながら外に出たが、外は雪で真っ白で、外に6時間程度停めていた自分の車が雪だるま状態になっていた。

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成年後見人制度の必要性を感じる事件

先日、某県にて80代認知症女性が数千万円の現金を手押し車に入れて徘徊していたところ、
現地の警察官に保護された…というニュースを耳にした。

この女性の話によると、「銀行や親族が信用できないのでこうして持っていた」とのことであった。

認知症の典型的な症状として「物とられ妄想」というものがある。
しかも、親しい人やよく介護してくれる人に対してその妄想が向けられる傾向がある。
このことが一般的に知られていれば、親しい人や介護の人はあらぬ疑いを掛けられずにすむが、
現状ではそうではない上に、本人からすれば本当に取られたと思い込んで周囲に言うので
信じ込んでしまう人も出てくる。

ただ、本当に親族が信用できないケースもある。とくに本人だけが多くの財産を持っているケースはなおさらである。
(今回のケースは、親族に関する情報がほとんどないけれど)

こういうときにこそ、「成年後見制度」を活用すべきである。
この制度は、本人が認知症などで財産の管理ができない場合、法的な代理人を家庭裁判所から選任してもらって
そのものが本人に代わり、本人のために財産管理を行うというものである。
本人の判断能力の状態によって、「後見」「補佐」「補助」の3種類の代理人をつける。
「後見」がもっとも代理人の権限が大きく(つまり本人の判断能力がほとんどない)
「補助」がもっとも代理人の権限が少ない。補助の場合は、具体的に「○○に関すること」のように代理権を限定してから選任されることになる。

この女性の場合は代理人は「後見」とすべきであろう。
なお、この成年後見制度の申し立ては一定の親族と市町村長等が可能で、申立先は家庭裁判所である。
今回の件は親族に関することが不明だが、親族が本当に信用できない、または親族の所在が不明だとするのであれば、
保護したところの市町村長が家庭裁判所に申し立てを行うことになるであろう。
この申し立てを受けて、家庭裁判所は代理人の種類を選んで、第三者後見人を選任する。
この第三者後見人とは、本人の親族などではない人で、今のところは弁護士、司法書士、社会福祉士などが選ばれることが多い、またNPOなどの法人もなることができる。

実は、この中に入ろうと行政書士(会)もがんばっており、そのための研修を私も受けて、最後に試験も受けた。
つい先日その合格通知が届いた。

とにかく、この代理人に選任されたら所定の手続きを経てから本人の財産を本人のために管理することになる。
これは単に「財産の減少を防ぐ」だけではない。本人にとって利益になるような使い方をしていかなければならない。
たとえば、本人の居宅をバリアフリー仕様にするために本人の財産からお金を支出する。
この場合、代理人が信頼のおける業者を自分の責任で見つけて、なおかつ助成金などが受けられるのであればそれも活用するようにすべきである。
あるいは、もっと本人の状況が悪くて高齢者介護施設に入所してもらう必要がある場合、どういうサービスをいくらで受けられるのかを考えて入居してもらうことになる。(ただし、入居を強制することまではできない)

つまり、「成年後見制度」の代理人は単なる「ドケチな財布管理人」ではダメなのである。
もちろん、こうした高齢者の状況に付け込んでくるような悪徳商法の業者等からは断固として本人を守らなければならない。そういう連中も代理人がいると分かればおいそれとヘンなまねはできないであろう。

そうやって、本人の財産の保護を図りつつ、本人のために有効にそれを使っていく役割を担っているのが
「法定後見制度」の代理人であるが、この制度が始まってから10年たっているにもかかわらず
世間ではあまり知られていないのが現状である。
(ちなみに、それ以前は「禁治産」「準禁治産」という制度があった。この制度は「財「産」を「治」めることを「禁」じられた「者」」といった、ネガティブ過ぎるニュアンスがある上に、このことが戸籍に記載されるなど多くの点で問題があったので、あまり使われていなかったそうである)

この制度が広く認識され、適切に運用されれば、財産がらみで悪事を企てる者を排除でき、
なおかつより多くの人が幸せに生きることができると思うのだが…。


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雪もひと段落して

2月5日に新潟市を中心に記録的な降雪があった。他県の方からは「新潟県は豪雪地帯だ」と言われている。
それ自体は間違いではないが、それは「新潟県が全体としては」であり「新潟市」はそうではないのである。

豪雪でよく知られるのは長岡市以南であり、そこでは除雪・排雪のインフラが整っている。
通常新潟市ではそこまでする必要が無いので、そこまで整ってはいないのである。

私の事務所(と自宅)がある田上町は新潟市よりは南だが、長岡市よりは北にある。
通常、田上町では夜中に雪が積もると夜中3時ごろに除雪車があちこち回って除雪してくれる。
朝起きた住民は出勤前に家の前にたまった雪をどかさなければならない。
でも、この除雪車が来てくれなかったら、降雪30cm程度でも車がスタックしてしまう。


20100206_5


周りの車の埋もれ具合を見てみると分かるが、50~60cmくらいの降雪があった。
この状態でこの道路を通ろうとするとハマる可能性がある。
実は、この状態だと冬装備がきちんとしたバイクのほうがはまりにくかったりする。
事実、郵便局はこの状態でもバイクで配達をしている。(この写真もよく見るとバイクが通った跡がある)

ちなみに除雪がまったくなされていない土地はこんな風になる。(普段は未舗装の駐車場になっている)

20100206_4


この写真を撮った夜に新潟市内で100台が立ち往生というニュースが報じられた。
実は当日用事で、私は新潟市に行っていた。行きは国道403号線→国道49号線を使い、
帰りは国道8号線を使った。その8号線もしばしば除雪車の後に行列ができてのろのろ運転…なんてこともあった。
もちろん行きもかなり時間がかかった。普段よりも2時間多くかかった。
あの時、そこに大体平行して走っている国道116号線(と、迂回先の広域農道)で大変なことになるとは思ってもいなかった。

除雪のために投入できるリソースは限られている。そうなると、国道、県道などの幹線道路から除雪することになる。
その次は学校に係わるところ…といったところだろうか?そうなると広域農道(農道としては舗装などが整備されているところ)が後回しになるのはやむをえないといってもいい。単なる農道にいたってははなっから除雪対象外である。
そこをとおりたい人は自分で除雪してくださいということになる。(農家の人はそのための機械を持っていることが多いので、何とかしているようである)

国道で雪が原因の渋滞に巻き込まれたときは下手に迂回しないほうがいい。国道であれば除雪は比較的しっかりしているので時間はかかるだろうが、いずれは目的地につくことができるであろう。

とはいえ、立ち往生してしまったものはどうすることもできない。下手に動けば余計に事故が増える。
そこで、自治体が避難所を提供した。この決断の早さには賞賛を送りたい。

この立ち往生した車は7日の夕方までに全車脱出できたそうである。

ちなみに、これくらいの雪であれば、車庫証明などの依頼があれば新潟県のほとんどどこでも走っていける。
この場合家の前さえなんとかできればあとは、時間がかかるにせよなんとかなったりする。

いま雪がひと段落して、昨日は急に暖かくなった。こうなるとなだれの危険があり、屋根の雪が一気に落ちてくることもあって別な危険が出てくるので注意が必要である。

さらに、今日は雨が降るようである。この場合は雪が全部とけ…ればいいのだが、雨でとける→再度氷点下
ということになると、今度は道路が雪で覆われるのではなく凍結してしまい、実は下手な雪よりも非常に危険な状態になる。

一言で「雪」といっても、雪は状況によって刻一刻と姿を変えていきその雪質により、いろいろな注意が必要だったりする。特にあまり雪が降らないところからこちらに来る場合は十分な注意が必要である。

最低限、スタッドレスタイヤは当然として、スタックしたときに備えてスコップなどもつんでおいたほうがよい。
都心部在住でタイヤを置くスペース確保が難しい場合は、非金属型チェーンをノーマルタイヤに巻くという方法もある。自分は試したことはないが、かなりの効果がある上にそれなりにスピードも出せるようである。
この場合、関越トンネルを抜けてからすぐに「チェーン脱着所」というのがあるので、そこで取り付ける。


雪に慣れていない人は雪をなめるな(雪道をノーマルタイヤのみで走ってはならないということ)
雪に慣れている人はスタッドレスタイヤの性能と自分の技量を過信するな。

という言葉を聞いたことがある。この言葉を肝に銘じておきたいと思う。


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e-Taxで確定申告

昨日、e-Taxで確定申告を行った。
実は2月1日に最後の記帳指導を税理士の先生から受け、確定申告書を作成してもらっていた。

ただ、このシステム一度使えるようになれば簡単なのだが、その「使えるようになるまで」が非常に手間がかかる。
まず一般の人の場合、電子認証を取得するには、まず住基ネットカードの交付を受けてから、そこに電子認証を組み込まなければならない。私はこの方法である。

以前書いたような気がするが、(写真入り)住基ネットカードは公的な身分証明書になるが、そういうのを比較的簡単に入手できる人はそもそも運転免許証などほかの公的な身分証明書を持っている。
一方、高齢で出歩くのも大変な人は、このカードだけのために2度も市町村役場に足を運びたくないだろうし(完全な代理申請&取得もできない)そうした人は運転免許証を持っていることがまれである。

というわけで、この住基ネットカードの普及率がかなり低いようである。事実私が住基ネットカード取得申請に行ったときに、窓口に普段いる人が一旦奥にいる人に何か聞きに行ってそれから申請用紙が出てきたくらいである。

さらに電子認証組み込みにいたっては、住民課の責任者らしき人が出てきて応対された。
つまり、申請を受ける側も慣れていない(ように思える)代物なのである。

さて、この電子認証をネットワークを使って公的な申請に使うときはこの電子認証のパスワードを入れなければならない。使用頻度が低いこともあいまって、パスワード間違いでロック、またはパスワード忘れで使えなくなっていた。

そこで急遽役場に行って住基ネットカードとは別の身分証明書を提示して「パスワード再発行申請書」を提出した。
このときも少し時間がかかったが、この手続きが役場にとっていかに「非日常的」であるか分かる。

しばらくしたら専用端末の前に通されて「パスワードを設定してください」と言われたので、新たに設定して手続きが完了した。

これ…3月の半ばになったら「e-Taxを使いたい→住基ネットの電子認証から何とかしないとorパスワード忘れた」
という状態で大変なことになるんじゃないかという気がする。
あるいは、さっさとe-Tax利用をあきらめるかもしれないが。

前者の場合、「今シーズン初雪で、急遽スタッドレスタイヤに変えてもらおうとガソリンスタンドに行列を作って渋滞を引き起こす車列」と同じような感じになりそうな気がする。実際この光景は何度も私は見た。

とにかくこれで申請の準備が整ったのでe-Taxのページにアクセスし、税理士の先生に作ってもらった確定申告書などを見ながら次々と数値を入力していった。正直言って見慣れない表なので戸惑ったのだが、私にとって必要な欄はそれほど多くは無かった。(在庫も無ければ、仕入れもないし、配偶者控除などもない)

ただ、最後に出てきた画面で、すべての申請がこれで完了したわけではなく、一部郵送しなければならないものがあると出てきた。正直言って、この書面もシステムに組み込めなかったのだろうかとそこだけが残念だった。

そして今日、この書面を郵送にて提出してきた。

最近、おえら方の脱税が云々と言われているが、私としてはそれなりの税金を納められる程度の能力をこの仕事において持ちたいと思う。…私の考え方はヘンなのだろうか?

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アクセルとブレーキの踏み違い暴走記事が後を絶たない

最近、自動車の(ほとんどAT車)「アクセルとブレーキの踏み間違い」による暴走事故というのがよく報道に出てくる。

ほとんどの発生場所がコンビニの駐車場で、前進状態のケースとバック状態のケースの両方がある。

まず、AT車だから暴走するのか? これは違うと思う。いまや日本の一般の乗用車の9割がAT車であるという。
単にAT車の絶対数が増えただけだから事故も増えたのではないかと思う。

コンビニの駐車場の構造に問題があるのでは? これも違うと思う。コンビニは件数が多い。
スーパーなどの駐車場でのこの種の暴走は件数が少なく、極端な話だが官公署の駐車場では聞いたことが無い。
これも絶対数の問題だと思う。

そもそも、なぜ「踏み間違い」自体が起るのだろうかと思う。
ブレーキで止まろうとして、「ブレーキだと思って」踏んだものが実はアクセルペダルで、当然のことながら余計に加速する→止まろうとして「ブレーキだと思っている」アクセルペダルを踏み続けて暴走する…と言われている。

ちなみに、「アクセルだと思って」ブレーキを踏んだ場合は止まったままで暴走しないから何事も起きず、当然ながら事故にならない。実はこういうケースも結構あるのではないかと思う。

加速の役割をするものと減速の役割をするものを隣り合わせて配置していること自体に問題があるという考えもある。
確かに一理ある。変速できるタイプのバイクの場合、アクセル(スロットル)は右ハンドルのグリップを回し、前輪ブレーキは右ハンドルのレバーで、後輪ブレーキは右のステップのすぐそばにあるペダルである。
(ちなみに、クラッチは左ハンドルのレバーで、ギアチェンジは左のステップのすぐそばにあるペダルで行う)

バイクでアクセル・ブレーキ間違いによる暴走事故というのは聞いたことが無い。

とはいえ、「自分が想定した反応をしなかった」ことに対して正しく反応できずに事故を起こしたこと自体責められるべきことであると思う。

私は10年ほど前にAT車を運転中に追突事故にあったことがある。トランクルームが完全につぶれるような状態だった。
追突された瞬間、体がシートにたたきつけられたと思ったら、その直後もしシートベルトしていなかったらフロントガラスかハンドルに体をぶつけていただろうという衝撃を受けた。メガネはその衝撃で吹き飛び、視力1.0から一気に視力0.02~0.03になった。ちなみにこの視力だとメーターの針を読むことすらできない。
私の前にも停車中の車がいて、このままだと多重衝突になるところだったが、衝突の瞬間時間が遅くながれるような感じがして、最初ブレーキを踏もうとして体がバウンドしてうまく踏めない→サイドブレーキをめいいっぱい引き、ギアをニュートラルに入れた。サイドブレーキがかかっているときの赤いランプがぼやけながらも見えていたことを覚えている。その後少し気を失ったようで、誰かが窓をたたいている音で意識が戻った。

私自身の運動能力、反射神経は悪いことは重々分かっているし、体で覚えることに関することの学習能力も最悪であることも自覚している。それゆえにか一旦体が覚えたことは、とっさにでもできるようである。
つまり、何かの技能をものにするハードルが高いのだが、それを超えてしまえればちゃんとした技能として定着する…ということなのだろうと思う。

多くの人にとって、車の運転を自動車学校で学んで運転できるようになることは難しくない。AT車ならなおさらである。それゆえに車の運転に関して甘く見ているか、「学んだこと」から少し外れるとパニックに陥りやすくなるのではないのだろうか?

話を戻して、私が思うにこういう踏み間違えのミスは、基本に立ち返ればほとんど直せるのでないかと思う。
まずエンジンをかけるときは、かならずブレーキをきっちり踏んだ状態で掛ける。
ATならPレンジにあるはずなので、ブレーキ踏まなくても暴走しないのだが、この習慣があるかないかで大きな違いが出ると思う。こうすることで「ブレーキの場所」を頭にそして体に覚えさせることができる。

アクセルペダルの場所は必ずブレーキペダルの場所を基準にして覚えるようにする。
そうすれば、短時間の間運転する車が軽自動車→普通車→普通トラック→軽自動車…のように変わっても対応できると思う。
AT→MTの場合は単にクラッチペダルの操作とシフトの操作が増えるだけである。

そして、レンジを変えるときはRに入れるにせよDに入れるにせよ、かならずブレーキを踏んだまま操作する。
こうしておけば、クリープ現象で車が動き出す心配は無い。
特にバックの場合は大体の場合、ブレーキ緩めてクリープ現象だけで車を動かしても支障が無いはずである。
(それで不足な場合、ゆっくりとアクセルを踏む)
前進の場合は、クリープ現象で動き出したのを感じてからアクセルを踏むくらいの余裕を持つべきである。

このプロセスの中で、「自分が想定した反応をしなかった」ときはすぐに足をブレーキペダルに持っていけばよい。
それでもダメならサイドブレーキを強く掛ける。
こういうことをきちんと心がけていればできるはずである。

ちなみに、MT車の場合は、ブレーキとクラッチを踏んだまま、ギアがNであることを確認してエンジンを掛けるようにする。いまは、クラッチペダル踏まないとセルが回らないようになっているようだが、だからといってこういうことは省略してはならない。機械がよくなっても操作する人間の意識がきちんとしていないとダメだということである。

駐車・停車の場合は省略するが、こちらも基本に立ち返って操作しなければならない。

数日前、このプロセスを怠ったためにおきた事故があったが、車を停めて外にあるものに何かしようとする場合は、最低でもサイドブレーキを引いてNに入れるべきである。(たとえば、駐車券の発券を受けたり、駐車料金を支払うために止まる場合)

最後に、この種の間違いは事故に至らなくても年齢・男女問わずに結構あるそうなので「絶対に自分だけは大丈夫」と思うのも危険である。
なので今後とも、どんなに忙しくてもこういう基礎を忘れることなく安全運転に努めて行きたいと思う。


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プロフィール

大塚 義行

Author:大塚 義行
平成21年4月から新潟県田上町で行政書士として開業いたしました大塚義行と申します。
(行政書士登録番号09180501号)
これに加え、平成28年10月から同所で社会保険労務士としても開業いたしました。
(社会保険労務士登録番号15160011号)

昭和51年(1976年)7月24日生まれ。
平成11年(1999年)に地元の大学を卒業。

紆余曲折を経て現在に至ります。

メールアドレス gyousei_ohtsuka-office.jp
(社労士業務用)sr_ohtsuka-office.jp
(注:メールアドレス中の_を@と変えてください。スパムメール対策です。)

URL
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twitter
https://twitter.com/ohtsuka_office

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