汝平和を欲するのなら…
「汝(なんじ)平和を欲するのなら戦争を知れ」
ラテン語の「Si vis pacem, para bellum」の日本語訳である。
私はとあるゲームを知ったのをきっかけに太平洋戦争がどのように始まったか、
どのような人がどのように「活躍」したか調べてみたくなった。
Amazonで「トラ!トラ!トラ!」(1970年日米合作)のDVDが安く売っていたので先日買ってみた。
よくアメリカでは真珠湾攻撃のことをSneak Atack(卑怯な攻撃)というが、実際はあの世界情勢ではいずれ日本がアメリカに攻撃を仕掛けてくるであろうということが予測できていたし、さらにあの時点でアメリカは日本の外交暗号を破っていたので、日本の妥協点はどこかなどが手に取るようにわかっていた。
ただし、軍用の暗号は破れなかったようで、いつ、どこに、どのように攻撃をしてくるのかはわからなかったようである。
なのでアメリカ側としては「いつか日本に攻撃されるだろう」→「真珠湾の戦闘機を一箇所に集中させろ。日系人が破壊工作するかもしれない。その際にそのほうが都合がいい」と考えて、基地に集中配備をさせた。
彼らは日系人は日本人の血が流れているとはいえ、れっきとしたアメリカ人である。
太平洋戦争が始まってから強い迫害を受けたが、その際彼らはアメリカに対する忠誠心を示すために自ら軍に志願し、欧州で大活躍をした。その話はアメリカ陸軍では常識レベルだそうである。「第442連隊」で検索してみるといい。
この映画の中で日系人がらみで描写されるのは、奇襲後の日系人に対する強い憎しみの視線のみである。
映画としては宣戦布告をわざと遅らせたわけではなく、外務省の不手際で遅らせてしまったことがちゃんと描写されている。
…こういうことは書くと本当にきりがないので話を先に進めるが、
現代日本では、こんなことを書いたり知っているということを話したりするとその人が「軍国主義者」「平和(主義)の敵」とみなされることがある。
それなら平和を叫んでいる人が本当に温厚で、何でも話し合いで解決し、それが無理ならば法的に正当な方法で問題を解決できているのだろうか?
少なくとも私が漏れ聞いているニュースではそうは感じられない。
数年前にいわゆる平和団体の人がナイフで人を殺害した事件があった。このとき「9条ナイフ」と揶揄されたりした。9条とはなにかは言わずもがな。
つい最近、ツイッターで「あべ(安部総理)しね」と打った「平和主義者」がいた旨のニュースがあった。
また、いわゆるヘイトスピーチ(ある特定の人種、民族に対する差別的な言論のこと)反対論者が生活保護不正受給などの犯罪や彼にとっての「反ヘイトスピーチ」対象外の人種、民族に対する「ヘイトスピーチ」を行っていたことが明るみに出た。
平和を叫んで暴力を振るい、反差別を叫んで差別を行うって一体何なんだろうか。
そういう人間は当然私のような思考を持っている人間に対して差別し、場合によっては脅迫し、暴力を振るうのだろう。
これを「被害妄想だ」「考えすぎだ」と断ずるにはインターネットで容易に情報が得られる今の世の中説得力があまりにもなさ過ぎる。
「Si vis pacem, para bellum」「第442連隊」これらの検索ワードで検索してみるだけでそれがよくわかる。どうせなら「平和団体」の名前で検索してみるのもいいだろう。
「戦争を欲するものを知りたかったらネットで調べよ」
少なくとも戦争関連に趣味的に興味を持つ者ではないはずである。

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ラテン語の「Si vis pacem, para bellum」の日本語訳である。
私はとあるゲームを知ったのをきっかけに太平洋戦争がどのように始まったか、
どのような人がどのように「活躍」したか調べてみたくなった。
Amazonで「トラ!トラ!トラ!」(1970年日米合作)のDVDが安く売っていたので先日買ってみた。
よくアメリカでは真珠湾攻撃のことをSneak Atack(卑怯な攻撃)というが、実際はあの世界情勢ではいずれ日本がアメリカに攻撃を仕掛けてくるであろうということが予測できていたし、さらにあの時点でアメリカは日本の外交暗号を破っていたので、日本の妥協点はどこかなどが手に取るようにわかっていた。
ただし、軍用の暗号は破れなかったようで、いつ、どこに、どのように攻撃をしてくるのかはわからなかったようである。
なのでアメリカ側としては「いつか日本に攻撃されるだろう」→「真珠湾の戦闘機を一箇所に集中させろ。日系人が破壊工作するかもしれない。その際にそのほうが都合がいい」と考えて、基地に集中配備をさせた。
彼らは日系人は日本人の血が流れているとはいえ、れっきとしたアメリカ人である。
太平洋戦争が始まってから強い迫害を受けたが、その際彼らはアメリカに対する忠誠心を示すために自ら軍に志願し、欧州で大活躍をした。その話はアメリカ陸軍では常識レベルだそうである。「第442連隊」で検索してみるといい。
この映画の中で日系人がらみで描写されるのは、奇襲後の日系人に対する強い憎しみの視線のみである。
映画としては宣戦布告をわざと遅らせたわけではなく、外務省の不手際で遅らせてしまったことがちゃんと描写されている。
…こういうことは書くと本当にきりがないので話を先に進めるが、
現代日本では、こんなことを書いたり知っているということを話したりするとその人が「軍国主義者」「平和(主義)の敵」とみなされることがある。
それなら平和を叫んでいる人が本当に温厚で、何でも話し合いで解決し、それが無理ならば法的に正当な方法で問題を解決できているのだろうか?
少なくとも私が漏れ聞いているニュースではそうは感じられない。
数年前にいわゆる平和団体の人がナイフで人を殺害した事件があった。このとき「9条ナイフ」と揶揄されたりした。9条とはなにかは言わずもがな。
つい最近、ツイッターで「あべ(安部総理)しね」と打った「平和主義者」がいた旨のニュースがあった。
また、いわゆるヘイトスピーチ(ある特定の人種、民族に対する差別的な言論のこと)反対論者が生活保護不正受給などの犯罪や彼にとっての「反ヘイトスピーチ」対象外の人種、民族に対する「ヘイトスピーチ」を行っていたことが明るみに出た。
平和を叫んで暴力を振るい、反差別を叫んで差別を行うって一体何なんだろうか。
そういう人間は当然私のような思考を持っている人間に対して差別し、場合によっては脅迫し、暴力を振るうのだろう。
これを「被害妄想だ」「考えすぎだ」と断ずるにはインターネットで容易に情報が得られる今の世の中説得力があまりにもなさ過ぎる。
「Si vis pacem, para bellum」「第442連隊」これらの検索ワードで検索してみるだけでそれがよくわかる。どうせなら「平和団体」の名前で検索してみるのもいいだろう。
「戦争を欲するものを知りたかったらネットで調べよ」
少なくとも戦争関連に趣味的に興味を持つ者ではないはずである。
大塚行政書士事務所 http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html

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