平成31年4月30日

この画像は私の家の窓から見た羽生田(はにゅうだ)小学校。
私の母校である。
築四十年経った建物であり、外壁がかなり傷んでいる。
足場がかかっているが外壁を補修するのだろうか。
写真では見えないが、向かって右に山があり、私が小学生~高校生くらいまでは「わんぱく山」として子供たちの遊び場になっていた。
今では立ち入り禁止のロープが張られて荒れている。
遊具で事故が起きる→すぐに施設管理者の責任を問う→遊具が使えなくなる
この流れも平成の特徴であったように思う。
その一方で強者から弱者に対しての「自己責任」の乱発もされていたように思う。
平成は情報化社会の時代でもあった。こうして誰でも情報を発信し、情報の真贋は「自己責任」で判断して活用する。ここでの自己責任は正当な使い方だと思う。
また、菅官房長官の「令和おじさん」という呼ばれ方の広がり方の速さは
故・小渕総理の「平成おじさん」という呼ばれ方の広がり方とは比べ物にならなかった。菅長官自身がそのように呼ばれているということもすでに知っており、照れていた…というのがネットニュースで流れていた。
このこと自体が情報の速さと情報伝達経路の変化を物語っている。
皇室、特に天皇陛下のあり方に関しては、昔からさまざまな意見があったと思う。
今回の譲位・改元の件はそのようなことを考えるいいきっかけになったと思う。
平成生まれの人でさえも、結構ネットでこのことを発言していたりする。
実は「生前退位」なんて言葉はマスコミの造語である。
このことについて宮内庁HP内で皇后陛下が「私はいろいろな書物を読んできたつもりですが、”生前退位”などという言葉は一度も見たことがありません」とのお言葉を残されている。
これも情報化社会の恩恵で知ることができた。
令和に求められることは何か、平成を振り返っていま一度考えてみたい。
大塚行政書士社労士事務所
http://gyousei.ohtsuka-office.jp/index.html

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