「職は選ばなければいくらでもある」
・・・というけれど、果たして本当なのでしょうか?
特に、最近の「派遣労働者切り」問題でよく出てくる言葉ですね。
確かに選ぶ段階で条件をつけなければいくらでもあるかと思います。
(ためしに就職関連のページとか、ハローワークの検索端末で条件なしで検索かけてみればいいでしょう。)
しかし、それをやり続けることができるかというとそれはまったく別問題であって、重要なのはむしろこちらのほうであると思います。
たとえば、
パソコンをろくに触ったことがない人間が、いわゆるIT関係の仕事に就けるのでしょうか?
この文章を見ているとすれば、少なくともインターネットにつないでパソコンを操作して、検索してここに来ているはずだからそれくらいの知識があるのでしょう。しかし、そうした仕事につくとなるとそれだけではまったく足りないと思うのです。
体格の悪い人間が重労働を伴う仕事にに耐えられるのでしょうか?
確かに体格が悪くても、筋肉の使い方如何では瞬時に大きな力を出すことはできるのです。
(私は大型二輪免許の教習科目の中に、「倒れたバイクの引き起こし」というのがあり、私でも結構簡単にこれをすることができました。)
しかしながら、これを継続して行うとなると体が言うことを聞かなくなってしまいます。
多くの肉体労働の場合は継続性が必要なので悲惨なことになるでしょう。
(これは経験があり、本当に身にしみました)
さらに、通常の遵法精神や良心を持つ人間が、実質的に詐欺まがいな商法をやっているところの飛び込み営業などできるのでしょうか?たとえば老齢などの理由により十分な判断能力を有していないような人を巧みにだまし、値段に見合わないものを売りつけるがごとき卑劣な行為。これを賞賛する。
そういうところでは、そういう会社に心から染まってしまうか、心を病むかどちらかでしょう。
(なお、こういうところの被害にあったら、速やかに消費者センターか、クーリングオフが得意な行政書士にご相談を。)
新潟県消費者センター
私のブログのほうではアフィリエイトを試験的にやっていますが、絶対に「どう考えても怪しい」ものはやらないことにしています。それは自分で言うのもなんですが、自分に良心があるからです。
いま話題になっている「派遣切り」にあっている人は、実は職を「選ばなかった」から、ああなったんじゃないのかという考えもあります。
労働環境が悪ければ心身を病んでしまいます。それで得られるものも多ければまだ救いがありますが、そういう労働環境しか労働者に対して提供できない事業者が労働者に対し多くを与えてくれている(いた)とは考えにくいと思います。
そして、そういうことの治療には多くのお金や時間がかかります。
きちんと治療しなければ社会復帰は難しいでしょう。
私の今までの職では、労働時間うち結構長い間車に乗っていましたが、そこから何度もリクルートスーツを来た学生と思わしき人の集団に何度も出会った経験があります。
私はそういう時いつも思うのです。まずは、単純に「うらやましい」ということ。新卒と言うのは最強の「資格」だと思います。
次に、「私のようになるなよ」ということです。一番最初に入ったところが特に大きな問題がなければそれでいいのですが、そうでないとつらい目にあいます。
社会人になって分かったのは、「何をやるか」ということよりも、「どんな環境でやるか」がより重要だと思います。
新卒の人によくある、理想と現実のギャップがあったとしても、職場環境がよければ、自分の知らなかった可能性を発見できる可能性も出てきますし、いつか自分のやりたい仕事につかせてくれるかもしれません。職場環境が悪ければ、これらのことを望むことは絶望的でしょう。
ちなみに私の場合は、別に反社会的な行動を強要されたとかそういうのではないのですが、会社に染まって死んだ目したような人間(今なら瞬時に見分けられるが、当時はできなかった)になるか、適応できずにやめることになっていたでしょう。
私は、それ以外の「第三の手段に」にでました。表向き染まった振りをして、言われたことはきちんと行い、家に帰ったら資格の勉強をし、景気や社会の動向を見て、資格の取得状況を見て、そこから「脱出」の機会をずっとうかがうのです。この作戦自体は見事成功しましたが、詳しくは書きませんがかなりの精神的負荷を伴いました。
そのあとで、紆余曲折があったのですが。
でも、こんなことはしないですむのに越したことはないのは当然であります。
実は以前からのネット仲間で就職活動をしている人が複数います。
ネットを縁に実際に知り合った人も何人もいます。
なので、そういう人には特に私のようにはなってほしくないのです。
また私と直接縁のない人間であっても、やはりそうはなってほしくないのです。
なので、長文(しょっちゅうですが)で書かせてもらいました。
特に、最近の「派遣労働者切り」問題でよく出てくる言葉ですね。
確かに選ぶ段階で条件をつけなければいくらでもあるかと思います。
(ためしに就職関連のページとか、ハローワークの検索端末で条件なしで検索かけてみればいいでしょう。)
しかし、それをやり続けることができるかというとそれはまったく別問題であって、重要なのはむしろこちらのほうであると思います。
たとえば、
パソコンをろくに触ったことがない人間が、いわゆるIT関係の仕事に就けるのでしょうか?
この文章を見ているとすれば、少なくともインターネットにつないでパソコンを操作して、検索してここに来ているはずだからそれくらいの知識があるのでしょう。しかし、そうした仕事につくとなるとそれだけではまったく足りないと思うのです。
体格の悪い人間が重労働を伴う仕事にに耐えられるのでしょうか?
確かに体格が悪くても、筋肉の使い方如何では瞬時に大きな力を出すことはできるのです。
(私は大型二輪免許の教習科目の中に、「倒れたバイクの引き起こし」というのがあり、私でも結構簡単にこれをすることができました。)
しかしながら、これを継続して行うとなると体が言うことを聞かなくなってしまいます。
多くの肉体労働の場合は継続性が必要なので悲惨なことになるでしょう。
(これは経験があり、本当に身にしみました)
さらに、通常の遵法精神や良心を持つ人間が、実質的に詐欺まがいな商法をやっているところの飛び込み営業などできるのでしょうか?たとえば老齢などの理由により十分な判断能力を有していないような人を巧みにだまし、値段に見合わないものを売りつけるがごとき卑劣な行為。これを賞賛する。
そういうところでは、そういう会社に心から染まってしまうか、心を病むかどちらかでしょう。
(なお、こういうところの被害にあったら、速やかに消費者センターか、クーリングオフが得意な行政書士にご相談を。)
新潟県消費者センター
私のブログのほうではアフィリエイトを試験的にやっていますが、絶対に「どう考えても怪しい」ものはやらないことにしています。それは自分で言うのもなんですが、自分に良心があるからです。
いま話題になっている「派遣切り」にあっている人は、実は職を「選ばなかった」から、ああなったんじゃないのかという考えもあります。
労働環境が悪ければ心身を病んでしまいます。それで得られるものも多ければまだ救いがありますが、そういう労働環境しか労働者に対して提供できない事業者が労働者に対し多くを与えてくれている(いた)とは考えにくいと思います。
そして、そういうことの治療には多くのお金や時間がかかります。
きちんと治療しなければ社会復帰は難しいでしょう。
私の今までの職では、労働時間うち結構長い間車に乗っていましたが、そこから何度もリクルートスーツを来た学生と思わしき人の集団に何度も出会った経験があります。
私はそういう時いつも思うのです。まずは、単純に「うらやましい」ということ。新卒と言うのは最強の「資格」だと思います。
次に、「私のようになるなよ」ということです。一番最初に入ったところが特に大きな問題がなければそれでいいのですが、そうでないとつらい目にあいます。
社会人になって分かったのは、「何をやるか」ということよりも、「どんな環境でやるか」がより重要だと思います。
新卒の人によくある、理想と現実のギャップがあったとしても、職場環境がよければ、自分の知らなかった可能性を発見できる可能性も出てきますし、いつか自分のやりたい仕事につかせてくれるかもしれません。職場環境が悪ければ、これらのことを望むことは絶望的でしょう。
ちなみに私の場合は、別に反社会的な行動を強要されたとかそういうのではないのですが、会社に染まって死んだ目したような人間(今なら瞬時に見分けられるが、当時はできなかった)になるか、適応できずにやめることになっていたでしょう。
私は、それ以外の「第三の手段に」にでました。表向き染まった振りをして、言われたことはきちんと行い、家に帰ったら資格の勉強をし、景気や社会の動向を見て、資格の取得状況を見て、そこから「脱出」の機会をずっとうかがうのです。この作戦自体は見事成功しましたが、詳しくは書きませんがかなりの精神的負荷を伴いました。
そのあとで、紆余曲折があったのですが。
でも、こんなことはしないですむのに越したことはないのは当然であります。
実は以前からのネット仲間で就職活動をしている人が複数います。
ネットを縁に実際に知り合った人も何人もいます。
なので、そういう人には特に私のようにはなってほしくないのです。
また私と直接縁のない人間であっても、やはりそうはなってほしくないのです。
なので、長文(しょっちゅうですが)で書かせてもらいました。





