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恩師の訃報

本日、大学卒業生向けの会報誌が届いた。

1年近く前までは、この封筒を開封するのすらためらったものだった。
その当時の自分の状況を恥じてすごくつらかったのである。
開封せずにゴミ箱に投げこんだものすらあった。

この封筒を開封するのをためらわずにすむようになったのは、行政書士の開業を決意してからである。
むろん、この士業だって安定しているわけではない。むしろ「ごく普通の企業(または官公署)に」「正社員(職員)として」勤めたほうがはるかに安心だと思う。

開封すると、○○教授・・・
(あ、70歳で定年退職ってこの前の会報に書いてあったのに・・)

・・・が死去

とあった。

今年の3月31日付で定年退職であったが、その1週間ほど前になくなられた・・とある。
ほかに読んでみると、私がいろいろあったとき、先生も病気になりずっと闘病生活に入られたとの事。

先生に最後に連絡を取り合ったのは、今年の年賀状を通じてであった。
私「4月から行政書士として開業いたします」

これに対してのお返事があり、これが最後となった。

実は、私が経験した恩師の死はこれで2回目である。

私が「アレ」な会社のことで悩んでいた社会人1年目のときに、大学祭でこの先生方にお会いして、状況を話したとき、お二方にまったく同じ指摘を受けた。

「この状況は社会的損失だ」

意味を聞いてみたところ、
「会社は人材を正しく活用していない(だから、正しく能力を活用せよ)」と
「君は、正しく活用されるようにきちんと会社にアピールするべきだ」
ということであった。

この意見までもほぼ一致していた。

後者の考えを実行するのはあの状況からすると明らかに不可能であった。
ただ、一部の心ある人からは理解を得、こっそりと「先生が期待していた能力」を発揮することはできた。

ちなみに、私はずば抜けて優秀だったわけではない。かといって問題児だったわけでもないと思う。

先生というもの、次々と学生を送り出していくと、どんな教え子がいたかいちいち覚えていられないという。
社会人1年目はもちろんのこと、何年たっても覚えていただけていた。

たぶんそれは私の能力ではなく、本当の意味で「個性的」だったからだと思う。
個性というものは、誰かの模倣でもって作るものではない。
ましてや、「流行」と称して、メディアの作った道をたどって作ったものではない。
自分の力で積み上げていくものだと思う。(それがいいものかどうかは別な次元の問題だと思う)

ところで「ユニーク」という言葉がある。日本化した意味では「面白い、変わった」的な意味合いだが、本来は「一意の、代わりのない、他と識別できる」のような意味である。
自分で個性を積み上げていったゆえに、後者の意味での「ユニーク」たりえたと思う。



先生の早すぎる死を悼み、ご冥福をお祈りいたします。

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プロフィール

大塚 義行

Author:大塚 義行
平成21年4月から新潟県田上町で行政書士として開業いたしました大塚義行と申します。
(行政書士登録番号09180501号)
これに加え、平成28年10月から同所で社会保険労務士としても開業いたしました。
(社会保険労務士登録番号15160011号)

現在43歳 性別 男 身長156cm、体重54kgくらい。

昭和51年(1976年)7月24日生まれ。
平成11年(1999年)に地元の大学を卒業。

紆余曲折を経て現在に至ります。

メールアドレス gyousei_ohtsuka-office.jp
(社労士業務用)sr_ohtsuka-office.jp
(注:メールアドレス中の_を@と変えてください。スパムメール対策です。)

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